金融翻訳者の日記/A Translator's Ledger

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

「日本通訳翻訳フォーラム2020」ー「コロナショックと金融翻訳」について

8月30日(日)に「日本通訳翻訳フォーラム2020」の講師を務めさせていただきました

タイトル:「コロナショックと金融翻訳」

セミナー概要】
はじめに 
「コロナショック」を定量的に見る
「コロナショック」を定性的に見る
「コロナショック」の報道を追う
   2019年12月~2020年1月中旬:まだまだのんびりムード
   2020年2月中旬:過去最高値更新!(あれ、コロナなのに・・・?)
   2020年2月中旬~下旬:本格的な下落の始まり
    2020年2月下旬~3月下旬:相次ぐ「過去最大」「~以来最大」へ突入
「コロナショック」後を定量的に見る
「コロナショック」後の報道を追う
   宴の後ー根拠ある(?)熱狂へ
まとめ、参考文献/URL等

「コロナショック」とは新型コロナウイルスに対する不安を引き金に今年2月下旬から3月下旬に起きた米国株式市場の大暴落(高値からの下落率34%)のことです。あの2月からここまでの数カ月が「何十年に一度の」「歴史に残る」時代であることは間違いありません。ところが、まだ半年前のことであるにもかかわらず、当時、「底なし」に思えた市場暴落の恐怖と喧騒がすでに人々の記憶から薄れつつあります。今この時代を生きている者として、当時(というか今)を振り返り、記録しておく必要があることは、レポートに追いまくられていた当時から思い「いつかやろう」と考えていましたが、日々の仕事に忙殺され踏み切れずにいたところ、日本通訳者会議のマイク関根さんから「何か講座を持ちませんか?」と声をかけていただき、いい機会だと思って調べ始めた、というのが今回のセッションのきっかけです。

中心テーマは、その1カ月を中心に米国の株式市場はどう動いたのか、そしてその間英米(主にFinancial TimesとReuters)と日本(主に『日本経済新聞』と『週間エコノミスト』)のメディアはどう報じていたか、を比較検討することに置きました。金融市場において事実は一つです。例えば昨日ニューヨークダウが下落した事実は動かない。それを英語、日本語の記者がどう報じたか(上げたか、下げたかの表現)、その理由は何だったと(少なくとも当時、記者は)考えていたかを継続的に追うことは、翻訳という観点からも意味があると考えました。

お話を受けたのが6月の中旬。僕は今回のコロナショックで毎日レポートを訳していましたが、守秘義務がありますのでその文章等は一切使えません。訳すのに使った材料も忙しすぎて捨て置いたまま。したがって、データ集めからしっかりやろうと決め、「フォーラムの期間中で可能な限り遅いタイミングにしてくれるなら」とお願いしたところ8月30日を指定されました。本番までちょうど2カ月強ありましたので、7月末までを「データ集めの1カ月」としてデータ収集に当たり、その後1カ月を「まとめの1カ月」と決め、データの編集、発表用資料の作成を行って8月26日、つまり本番の4日前に実際と同じ環境でリハーサルをさせてもらい、その時の司会者の方のご質問や疑問(彼女は金融には詳しくありません)をヒントに資料を3割ほど訂正して本番に臨みました。リハーサルで時間が足りないことがわかり、急遽時間を当初の1時間半から2時間に伸ばしてもらいました。僕は実務翻訳者ですので、このプロジェクトにかかった時間をすべて記録しています: 約120時間でした。

私のセッションへの参加者は80名近くだったそうです。金融の、しかもマーケット周りというあまり幅広ではないテーマにそんなに多くの方に聴講いただいたのは身に余る光栄でした。

しかし人数の多寡よりもずっと嬉しかったのは、参加人数が最初から最後までほとんど動かなかったというご報告でした。

2時間のセッション中は、司会の方に「あと何分?あと何分?」と尋ねながら1時間50分近く一人で喋り続けたのですが(上がっちゃって時間の経過がちゃんと把握できなかった)、その間中、退出される方がほとんどいらっしゃらなかった、というのです(僕も「参加人数」を見ようと思えば見られる仕組みになっていましたが、講義中にそんなことに気にするのは参加者の皆様に失礼かと思い、そのスイッチをオフにしていました)。拙い話に根気よく耳を傾けていただいた参加者の皆様、本当にありがとうございました。そして、今回のセッションで司会を務めていただいた蛇川真紀さんには本当にお世話になりました。

蛇川さんは会議通訳者協会の理事で、今回のフォーラムでも八面六臂のご活躍、というか超お忙しく、とても私一人の相手だけをしている暇はなかったはずなのですが、打ち合わせのオンラインの会議(1時間)だけでなく、「リハーサルをしたい」との僕のかなり無理な要望も聞き入れてくれ、本番4日前の26日に2時間付き合ってくださいました。ここに改めて御礼を申し上げます。心から、ありがとう!
案内文

https://www.japan-interpreters.org/news/forum2020-suzuki/

(追記)
セッション中にコロナショック前後(2020年2月~8月)までの米連邦準備理事会(FRB)の金融政策をまとめて紹介しましたが、2020年9月9日の日本経済新聞に、それぞれの政策の意味合いまで踏み込んだ解説記事が出ました。

「緊急時の中銀の役割高まる 世界的な金利消失」
田中隆之 専修大学教授
https://www.nikkei.com/article/DGXKZO63577160Y0A900C2KE8000/
翻訳という観点では、略語の日本語訳が出ているので使えそうです(裏を取る必要はありますが)。
(追記2)
2020年9月17日の日本経済新聞の「経済教室」に「社会保障維持へ財政健全に コロナ危機と経済・金融 清滝信宏 プリンストン大学教授」が掲載されています。よろしければ是非。

社会保障維持へ財政健全に コロナ危機と経済・金融 :日本経済新聞

(追記3)
2020年9月18日の日本経済新聞の「経済教室」にの「足元、市場安定もリスク含み コロナ危機と経済・金融/ヒュン・ソン・シン 国際決済銀行調査部門責任者」は、先日のセッションで取り上げた「コロナショックを定性的に見る」をやや高尚に取り上げています。

(以下引用)
金融の急停止は2007~08年の世界金融危機といくらか似ているようにみえるが、実際には重大な違いがある。世界金融危機は基本的には銀行危機であり、信用供与を野放図に拡大した銀行が震源となった。これらの銀行が経営不振に陥り、存続も危うくなった結果、実体経済が付随的なダメージを受けたのである。
だが今回はショックの方向が逆転した。銀行は新型コロナという外生的ショックに起因する金融や経済の急停止の影響を受ける側になった。(ここまで)
よろしければ是非記事をご一読ください。

足元、市場安定もリスク含み コロナ危機と経済・金融 (写真=ロイター) :日本経済新聞