金融翻訳者の日記

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

出版翻訳は「趣味」

先日、実務翻訳者が集まる会合があって、その席で、「鈴木さんは実務翻訳と出版翻訳の(時間)のバランスをどう取っているのですか?」という質問を受けた。

「取っていません」と答えた。

「僕は食うためにまず実務翻訳に時間をかけます。それで余った時間に出版翻訳に取り組みます。したがって、実務翻訳をしていない時間はすべて出版翻訳に費やされます。したがって書籍の翻訳をしている期間中は、事実上休みがなくなります」

勤め人の皆さんは、例えば朝9時~午後5時まで働いておられるでしょう。私にとっての実務翻訳はその「お勤め」にあたる。出版翻訳はそれ以外の時間、つまり「余暇」に行うとお考えいただければピンとくるのではなかろうか。

ちなみに、2002年から今年までの16年間で私は訳書(共訳書、名前の出なかったものを含む)を16冊、著書を1冊出している。すべて余暇時間に取り組んだものだが、ならすと1年に一冊のペースとなる。本に取りかかると一冊あたりの総翻訳時間が平均550~600時間(ちなみに』『ティール組織』と著書『金融英語の基礎と応用』はいずれもほぼ1000時間ずつかかっている)。1日あたり3時間も取り組めれば良い方。1カ月で書籍翻訳に100時間もかけられれば「かなり取り組んだ!」という感覚だ。実務翻訳で締め切りが込むとしばらく取り組めなくなる。2016年、つまり『ティール組織』の翻訳の真っ最中にはブレグジットをめぐる国民投票トランプ大統領の誕生など、事前予想とはほぼ真逆の結果となるイベントがいくつもあって私のスケジュールは「毎日締め切り(あるいは毎日複数の締め切り、ひどい時には朝昼晩にそれぞれ締め切り)」状態で1週間ほど書籍に取り組めない期間もあった。そういう経緯をたどるので、訳書の場合初稿を出すまで平均8~10カ月かかる(その後編集者とのやりとりや校閲が入る)。

したがって、書籍に取り組んでいる期間中は休みが一切なくなる。それが私の場合この16年間ずっと続いてきた、と思ってもらえればよいと思います。

これだけの時間と労力をかけて収入は?初版4000~5000部、定価2000~2500円、印税率6~7%で計算していただければ、簡単に出るっしょ。なお、参考までに書いておくと17冊のうち12冊は初版止まり。重版になったものもせいぜい1万部程度で、その点からすると現在4刷り3万部の『ティール組織』は例外中の例外。私にとってみると16年目にして初めて「宝くじに当たったような」気分である。

それでもやりますか?というのが1月に大阪で行ったセミナー「翻訳ストレッチin 大阪」の後半部分の「ここだけの話スペシャル」のキモであった。

それでもやるんだけど、僕は。名前が出るし、仕事が残ったという実感を持てるし、何と言っても面白いし勉強になるから。実務翻訳者が出版翻訳に取り組む、ということはそういうことなんだ、というのが僕の実感です。

上のような生活は嫌だ。でも出版翻訳やりたい!と言う方へのアドバイスは・・・

1に給料2に配偶者、3,4がなくて5に資産。

に尽きます。「給料」とは勤めを続けるということ。柴田元幸先生が「翻訳は趣味です」とおっしゃったのはこういうことである(柴田先生は東大教授としての給料をもらっていた)。「配偶者」とは「配偶者の収入に頼る」ということ。専業主夫(婦)になるか、ヒモになる、ということ。「資産」とは預金を取り崩すということです。