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金融翻訳者の日記

自営業者として独立して10数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

「Q思考」を知ると、世界の見かたが完全に変わる!──話題の翻訳書、訳者が語る! 第4回『Q思考』

(以下は、https://courrier.jp/news/archives/57035/からの転載です)

 

考えかたが変わる「たった3つの問い」

著者のウォーレン・バーガー氏はデザイン思考、イノベーションを得意とするジャーナリストです。

ジャーナリストにとって最も大切な能力の1つが尋ねること、聞き出すことです。
バーガー氏は質問のプロとして、「イノベーション」をテーマに世界各国のデザイナー、発明家、エンジニアや経営者にさまざまな質問をぶつけ、話を聞き出していたのですが、そのうちに彼らのほうこそ「質問の達人」であることに気がついたそうです。

そこで今度は「質問」をテーマにしたホームページを立ち上げ、読者と意見交換しながら世界中のイノベーション企業の経営者に改めて取材を重ねました。こうしてまとめたのが、この『Q思考 シンプルな問いで本質をつかむ思考法』ダイヤモンド社)なのです。

本書の原題は、A More Beautiful Question:The Power of Inquiry to Spark Breakthrough Ideasです。そのまま訳すと「より美しいクエスチョン(question):突破力のある思考に火をつける探求力」ということになります。

この「クエスチョン」とはどういう意味でしょうか?
冒頭で私は「質問」という言葉を使いましたが、日本語で「質問」あるいは「問う」というと、「人」を対象にして「相手から何かを引き出す力」という意味になります。実際、ジャーナリストの仕事の多くは、この意味でのクエスチョン、つまり質問を意味しています。

けれども英語の「question」の意味はこれよりもはるかに広いのです。目の前に起きているありとあらゆる物や事、現象はもちろん、時に自分自身、そして他人に対して何かを問うことを意味しています。
問い、疑問、自問、質問としてのクエスチョン。日本語の訳書の題名を『Q思考』にしたのは、こういう事情があったからです。QとはもちろんQuestionのことです。

そしてバーガー氏はこう断言します。

イノベーションを起こすための鍵は『答え』ではなく、『クエスチョン』のほうにある」

さまざまな形式のクエスチョンのうち、特に「なぜ?」「もし~だったら?」「どうすれば?」と問い続ける姿勢の重要性を、豊富な事例を通じて紹介していくのが本書の骨子となっています。

ではそのクエスチョンは、限られた天才やイノベーターにしか発することができない特別なものなのでしょうか?

「子どもの視線」で物事を見る方法

目の前に起きていることを素直に受け取り、自分が少しでも「あれ?」と思ったらその疑問をどこまでも追求する。
実は、誰にでもそういう経験があります。

そう、幼い子どものころです。
本書では「子ども」、それも4歳ぐらいまでの好奇心旺盛な子どもたちが、イノベーションの観点からいかに優れた質問をしているのか、至るところで紹介しています。

例をあげると、米国の有名なコメディアンが書いたスタンダップ・コメディ(漫談)向けの台本があります。

最初は「パパ、今日はどうしてお出かけしないの?」という無邪気な子どもの疑問から始まります。
そのうちに「どうして雨が降ってるの?」「どうやって雲ができるの?」「どうしてパパは雲ができる仕組みを知らないの?」「どうしてパパは学校でちゃんとお勉強しなかったの?」「どうしておじいちゃんとおばあちゃんはパパの学校の成績を気にしなかったの?」「どうしてパパのご先祖様はそんなだったの?」と、大人を次々と問い詰める質問に発展していき、最後は大人が「いいから黙ってなさい!」と堪忍袋の緒を切らしてしまうところで終わる、というネタです。

ハーバード大学の児童心理学者、ポール・ハリスは、子どもは2歳から5歳までのあいだにおよそ4万の質問をする、という調査結果を発表しています。
最初は物の名前などたんなる事実についての質問ですが、月齢30ヵ月(2歳半)ごろから説明を求めはじめ、4歳になるころまでに、質問の大半は事実についてではなく、説明を求めるものになる、というのです。

子どもたちは「これはこうに違いない」という大人のやりがちな「レッテル貼り」をすることもなく、知らないことを「知らない」と素直に認め、知りたいことをどんどん追求していきます。

しつこく食い下がるのは、なにも大人を困らせてやろうとか、たんに会話を長引かせようとしているのではありません。物理学者のニール・タイソン博士はこの年齢の子どもたちを「科学者」と呼び、大人に尋ね続ける姿勢の理由を「物事のいちばん底にたどり着こうとしているからだ」と説明します。

ミシガン大学での実験によると、子どもたちは実際に説明を与えられると、賛成したり、関連質問をしたりして自分の好奇心を満たそうとする一方で、満足のいく答えをもらわないと、不満が高まって最初の質問を繰り返す傾向が高かったそうです。

ハーバード大学院生の硬直した思考

本書の第3章では、幼稚園の子どもたちとハーバードMBAの大学院生のチームに未調理のパスタ、糸、テープ、マシュマロを与え、制限時間内にできるだけ高いタワーを組み立てさせるという競争をさせた実験(マシュマロはタワーの頂上に刺します)が紹介されています。

学生たちは、この勝負に大まじめに取り組みました。勝利を目指して分析的なアプローチを採用し、パスタ、糸、テープをどう組み合わせれば最も高いタワーをつくれるか、甲論乙駁の議論を重ねたのです。

ところが、徹底的な計画と討論をしたにもかかわらず、何度慎重に設計し組み立ててもタワーは崩れてしまい、つくり直しているあいだに制限時間が来てしまいました(リーダーを誰にするかの相談にも、ずいぶん時間をかけたそうです)。

一方、幼稚園児たちはどうしたでしょうか? スタートするとさっそく組み立てはじめました。そのため、「ある方法を試し、うまくいかなかったらすぐに別の方法を試す」といった試行錯誤の数が、学生たちよりもずっと多かったのです。

子どもたちはすべてを予想しようとはせずに、作業しながら失敗から学んでいきました。
そして、この勝負で見事にハーバードの大学院生を打ち破ったのです。

この実験は、「先の見えない状況で難しい課題に取り組むにはどう進めるべきか」について、大きな示唆を与えてくれます。


幼稚園児たちの行動から、私たちは「何がいいのか、どんどんやってみることに、代わるものはない」ということを学べるはずだ、と筆者は主張します。

子どもの「なぜ?」が偉大な発明を生む

エドウィン・ランドは米ポラロイド社の創業者で、20世紀初頭のスティーブ・ジョブズにもたとえられる偉大な発明家です。
ランドがインスタントカメラを発明したきっかけも、幼い子どもが発した素朴な疑問でした。

ニューメキシコサンタフェで家族と休暇を過ごしていたとき、ランドはお気に入りのカメラを使って愛娘ジェニファーの写真を何枚か撮っていました。
当時、フィルムの現像は暗室か現像ラボに持っていく以外に方法はなく、ランドはそれを当たり前のことと思っていました。ところが、わずか3歳だった幼いジェニファーはちょっと違った見かたをしていました。

「写真ができあがるまでに、なぜこんなに待たなければいけないの?」

そう父親に尋ねたのです。そして娘の質問に答えられない自分に愕然としたランドは猛然と頭と身体を動かしはじめ、ジェニファーの質問から5年後にインスタントカメラを発明します。

著者はこのエピソードから、専門家でない人や門外漢のほうが専門家よりも素晴らしい質問をできるということを指摘します。

そして、「なぜ?」という疑問を持てるようになりたければ、好奇心旺盛で思ったことをすぐ口に出す3歳か4歳の子どもを連れ歩くか、好奇心の強い子どものように世の中を見られるよう、自分の視点を調整するよう努力しなさい、と説きます。

「学校教育」で定着させられた思考法から抜け出す

では、4歳まであれほど活発に「なぜ?」「なぜ?」を繰り返していた子どもたちが、6歳になるころには、どうして口を閉ざすようなってしまうのでしょうか?

筆者はそれを、伝統的な学校教育のせいだと考えているようです。

学校に入り学年が進むうちに、先生や親から教えられた「大人だけが知っている正しい答え」を覚えなさいと半ば強制され、授業の進行を妨げるような質問はできない雰囲気のなかで過ごすうちに、本来持っていた「なぜ?」の気持ちをなくして静かになっていく、というのです。

ここで筆者が取り上げているのは、日本の学校のことではありません。私たち日本人からみればあれほど自由に、自分の意見を発言しているように見える、米国の学校なのです。
そうして大人になったエリートたちが大企業に入り、出世競争に打ち勝ち経営者になると、どうなるでしょうか。

1990年代、ハイテク関連やその他の産業で成功し、市場をリードしていた大企業の多くが、新興企業に次々と追い抜かれていきました。
新興企業の製品の質はたいしたことはなかったのですが、大企業の製品よりもシンプルなつくりで、便利で、安かったのです。

一方、大企業の側は、顧客により良いサービスを提供し、製品の改善を進め、利益率を伸ばすという、ビジネススクールで教わった通りの「正しいビジネス活動」にいそしんでいました。
世の中を変えるほどのイノベーションの本当の芽が、実は低価格市場に生まれていたにもかかわらず、大企業はそれを一顧だにしませんでした。

技術がどんどん高度化していく市場において、値段が高く、仕組みが複雑で、利用する人が限定されている製品を手ごろな値段で使いやすくすると、大衆市場が一気に口を開いてゲームのルールが変わってしまい、既存のトップ企業を倒せる可能性が生まれる――。
これが、ハーバード大学のクリステンセン教授が提唱した「イノベーションのジレンマ」です。

そんな時代が始まっていたのに、大企業はそれに対応できなかったのです。

では、どうして新興企業だけがこの機会をとらえることができたのでしょう? そして大企業はなぜ、「イノベーションのジレンマ」を見つけられなかったのでしょう?

クリステンセン教授の答えは明快です。

「大企業の経営者たちは『問う力』を鍛えられていなかったのだ」

将来の幹部候補生たちは、かつてビジネススクールで完全に合理的で、しかも実用的な経営理論を身につけたはずです。ところが世界が変わって古い理論が通用しなくなると、ほとんどのリーダーは現実から一歩下がって次のような問いを発することができなかった、というのです。

「なぜ、もうこれが通用しないのか?」

「ビジネス市場がひっくり返り、いままで底にあったものが頭上に来たらどうなるだろう? そしていま起きていることが本当にそういうことだとしたら?」

「私の会社は新しいビジネスの現実にどう対応すべきだろう? 古い理論をどう書き換えればよいのか?」

ほとんどのビジネスリーダーは何の前提条件もつけずに、ゼロベースでビジネスのありかたを問い直そうとはしません。彼らは特に「正しい問い」に向き合うことができなくなってしまいました。

そう、大企業経営者の多くは、伝統的な学校教育のなかで正しい答えを出すことに全力を尽くし、企業に入ってからは定められた目標(答え)を達成することに切磋琢磨しているうちに、「子どもの視点」をなくしてしまっていたのです。

「Q思考」は誰でもできる

「子どもの心」を持つことがいかに重要か、おわかりいただけたのではないでしょうか。
では、子どもの心を持つことはそれほどに難しいことなのでしょうか?

筆者はノースダコタ大学のダーリヤ・ザベリナが、2組の大人のグループに行った簡単な実験を紹介しています。
1つのグループには、学校が休みになった「7歳の子ども」になりきってほしいと指示し、別のグループには指示を出しませんでした(そのままの自分でいてもらった)。

そしてこの2つのグループに創造力テストを受けてもらったところ、「子どものように考える」グループのほうが優れた独自の発想をし、「柔軟で、自由な思考力」を発揮したというのです。
ここに大きなヒントがありそうです。

人間の思考は柔軟性が高いので、ちょっとした心がけと簡単な訓練で、どんな人でもQ思考の世界に入ることができる、と筆者は説きます。

「自分が子どものような気分になって考えてみよう」

「『ブレイン・ストーミング』ならぬ『Qストーミング(クエスチョン・ストーミング)』をやってみよう」

「『ミッション・ステートメント』ではなく『ミッション・クエスチョン』をつくってみよう」

など、その気になれば誰でもすぐに始められる具体的な実践方法が、本書には紹介されています。

このように、本書『Q思考』では、「Q思考を生活のなかで実践するための基本的な視点と背景」「ビジネスで質問をする方法や技術、それらの訓練法」そして「人生における『美しい質問』とのつきあいかたや心構え」などを包括的に論じています。

しかも、グーグルやナイキはもちろんのこと、日本でも民泊の解禁とともに話題となっているエアビーアンドビーやオンラインストリームで有名なネットフリックスの創業秘話などが紹介されているので、「いま、世の中で起きていること」の背景を知ることもできるでしょう。
本文に挿入されている33本のコラムもすべて、イノベーションのきっかけとなった実話を紹介しています。

この世の中には、「○○解答法」「××の基礎知識」「△△の方法」といった本があふれています。
私たちが学校で学ぶ教科書も、問題集もすべて、与えられた問題に正しい答えを見つけたり、覚えたりすることを目的としています。

ところが、「クエスチョン」について書かれた本をご覧になったことはあるでしょうか? おそらく本書は、世界で初めての「質問の教科書」、いや「Q思考の教科書」と言えます。

皆さんも本書をお読みになり、ここに紹介されている方法を実際に試し、日常生活に取り入れることで、優れた質問家(クエスチョナー)、そして素晴らしきイノベーターへの第一歩を踏み出してみてください。

Text by Tatsuya Suzuki
鈴木立哉 一橋大学社会学部卒業。コロンビア大学ビジネススクール修了(MBA)。野村証券勤務などを経て2002年から翻訳業。訳書に『世界でいちばん大切にしたい会社』翔泳社)、『ブレイクアウトネーションズ』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)など。

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