金融翻訳者の日記/A Translator's Ledger

自営業者として独立して十数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

翻訳は「処理」なのか?

翻訳の世界で「1日に〇〇〇ワード処理できる」とか「1日の処理量は・・・」いう表現を見かけることがあるが、強烈な違和感を覚える。

 

翻訳に処理作業的な要素があることは確かだ。作業である以上効率性も必要だ。

 

でも僕たちはメッセージを伝えようとしているんだ。物を処理しているわけでは断じてない。翻訳作業全体が加工処理みたいな表現は嫌いだ。

 

「1日あたり〇〇〇ワードを処理する」と無意識のうちに言ったり書いたりしている人は、恐らく心の中のどこかで「翻訳は自動処理」という意識が働いているのではないか?

 

これは事の是非ではなく、自分がどちらを選ぶかという問題だ。

 

そして僕はそちらを選ばない。