金融翻訳者の日記

自営業者として独立して10数年の翻訳者が綴る日々の活動記録と雑感。

私は圧力を一切かけていない。

「私は圧力を一切かけていない。ただし、大変遺憾なことに、私の意向を曲げて忖度した一部役職員が関係各省庁に圧力をかけるという『行政を歪める』がごとき行為があった ― そう認めざるを得ない証言や文書の存在が明らかになっている。
 
もとより私にはそのような意図は毛頭なかったが、これらは、もし事実とすれば国民に対する大変な裏切り行為であり、そのような疑念を招いた私の責任は免れ得ない。内閣の長として国民の皆様に深くお詫びするとともに、各省庁で常日頃から誠実に職務に従事してきた大多数の職員諸君の志と意欲を奪う結果となったことは慚愧の念に耐えないと申し上げておきたい。
 
こうしたことを2度と繰り返さないため、本件を徹底的に調査した上で、我が国における意思決定プロセスの明確化、透明化、そして公平化を図るとともに、関係各部署における文書の保存方法等を抜本的に見直したい」
 
と言ってほしかった。
 

TOEIC模試を1回受けての感想

TOEIC 完全教本 新形式問題対応』

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のテスト1を、パートごとに時間を測って取り組み、採点し、復習を終えたところ。

 

とはいえ本番と同じではなく、毎日30~40分程度ずつ割いているので、「一気に通してやるのとは頭への負荷が全然違う」(息子の弁)は分かっております。

 

以下、パーツごとに一通り、1度だけ経験した者の思いついた今時点での感想を。

 

すでに一部書きましたが、TOEIC

 

(1)人生(ビジネス)経験を積んでいる者に有利

 

という感想は変わりません。おそらくここで言う「経験」には海外経験も含まれるはずで、自分が当事者じゃなくても、「あのシーンどこかで見たことある」「どこかで耳にしたことある」という経験を積んでいた、例えば帰国子女の方が圧倒的に有利だと思います。その意味ではウチの大学生の息子のように海外経験がなくて高得点を狙おうとすると、紙の上で疑似体験を広~く浅~くしなければならないので大変だと思う。

 

(2)TOEICには深みがない。

TOEICの(聴)読解力とはつまり、聴いて、読んで基本的な情報を読み取る能力。現代国語の読解力とは違う。昔やったGMATの読み取り能力よりははるかにレベルが低い。肌感覚で言えば、小学校高学年の社会科、あるいは中学校の現代社会?レベルの知識と読み取り力を試されているのではないかと思った。だから、TOEICである程度以上の点数(例えば900~950点以上?)を常に取る努力には意味があったとしても、満点を取る努力は、努力したほどの意味がない(単なる注意力テストになる可能性がある)(TOEICの先生になる人以外は)。

 

(3)特にリスニングには集中力がいる。

フッと気が抜けると聞きはぐって分からなくなることがありました。もっとも、ネイティブ並みの英語力があれば気が抜いていても耳が残っているとは思いますが。

 

以上です。また感想は変わるかも知れませんが、今時点での正直な感想ということで。

TOEIC模試を8割ほど受けての感想

ちょっと事情があって3日ほど前からTOEICテキストに取り組み始めた。と言っても本番通りの時間はとれないので、細切れに時間を計りながら受けています(毎晩、寝る前の30分ぐらいずつ)。

リスニングが終わって採点し、今はパート7の前半(200問中の170番)まで来たところでの印象を一言だけ述べておくと、

ことTOEICの点数に関する限り、大学生息子がどんなに頑張っても(いや、よほど異常な努力をしない限り)、彼が卒業するまでに僕が負けるはずがない。

ということでしょうか。

その理由は純粋な語学力というよりも、僕が社会人経験を30年以上しているから。

例えばリスニングで出てきたさまざまな「場面」。僕は少なくともこの1回分のリスニングテストについては、そのすべての場面とほぼ同じ状況を「当事者として」経験している。もちろん、ほとんどが日本語で、ですけれど。また、パート7の文章も(まだ終わってないけれど)、これらとほぼ同じ内容の文章を、これまでの自分の仕事や生活体験の「どこかで」見ている。

この経験値は強い。

社会経験(または生活経験)の乏しい人間が、TOEICの点数を上げるためにいたずらに問題数をこなして擬似的な経験を増やしても、実際経験してきちゃった人間には適わないだろう。

そう思ったわけですね。

もっとも、これはたった1回の模擬テストの、しかも全部は終わっていない人間の今時点での感想で、こんな大口を叩いていられるのも今のうち、数カ月先には白旗挙げているかもしれませんが。

とりあえず今段階での肌感覚をここに記しておきます。

『英語力はメンタルで決まる』

英語の勉強をもりもりやる気になる本。

 

「お前にいいんじゃないか?」とTOEICに燃えている次男に紹介しようとしたら、「今日ちょうど本屋で立ち読みしてきたところだ」というので、元々読もうと思っていたし、立ち読みで終わったら美野さん(本書の編集者で『翻訳家のおしごと』の編集者)に申し訳ないので購入して「お前先に読んでいいよ」と言って渡した。

 

30分で「読み終わった」「速いな」と言ったら、「実は本屋で後半を読み終えていた」とのこと。

 

とてもとても面白い本です。学生さんや英語を学ぼうと思っているビジネスマンにピッタリ。

 

ただし。

 

私もそうだけど、勉強法や心構えについていろいろと「確認」できるし、初心忘れずの心境に戻るにはよい刺激剤になるものの、英語で仕事をしている人には「いつかどこかで通った道」で、新しい発見はないと思います。

 

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10年以上の営業活動(?)の成果

昨日の夕方は某社の編集者の方と食事。

名前の出なかった(翻訳協力者としては出た)最初の訳書を担当していただいて以来、Lさんとの付き合いは12年になる。「付き合い」と書いたが、Lさんの本職は書籍ではなく雑誌だったこともあり、訳書が出る度に私の方から書籍を送りつけたり、年に1~2度はこちらから「近況報告」したりという「一方的な関係」に近かったかも。返事は来ることも来ないこともあったが、こちらは彼を「恩人」だと思っていたので気にせず「経過報告」をし続けた。時に私の訳書を彼の雑誌で簡単に紹介してくれたこともあった。

そのLさんから3年ぶりぐらいかな、「久しぶりにお茶でもいかが?」とメールが入ったのが一昨日。僕が「昼間は都心に出にくいので夕方の方が融通利きやすい」と返事すると、「なら明日(つまり昨日)西葛西で夕飯を」ということになり、急遽私が親しくしているフレンチで会食となった。Lさん某誌の編集長にご出世とのこと。

「ついては翻訳をお願いできますか・・・?」「え?!・・・もちろん、私でよければ」「ああ、よかった・・・そうそう忘れないうちに・・・、もう原稿持ってきているんです・・・これを鈴木さんの無理のないスケジュールでお願いできますでしょうか?データが必要であればあとでPDFお送りします・・・」 

メールが来た時からちょっとは期待していたお話だった。最初はトライアルみたいなものらしいが、喜んでお受けした。ここから先は僕の努力と実力が計られる世界だ。ただ、何とか彼の役に立ちたいという気持ちも同じくらい強い。微力ながら新編集長を支えてご恩に報いたい。

10年以上のやりとりを経た末のご発注。こういう形で少しずつ仕事が広がっていけば、と思います。

 

 

「ちょっと前のアタシ、ナイス!」

「ちょっと前のアタシ、ナイス!」と妻がニコニコしていた。「何ですか、それ?」

「今日ね、朝から洗濯、掃除、ゴミ出し、生協への発注、請求書書きをてきぱき、ほぼ同時に進められたのよ」「ほ~それはそれは」
「でもね、それをしているときは、結構夢中で、しばらく時間がたってから分かるわけ」
「何が・・・?」
「いろいろな用事が終わって出かけるじゃない・・・・で、帰ってきた時に思うわけ。『あ~、いつもなら面倒だと思っていた洗濯も、掃除ももう終わってるんだわ。ちょっと前のアタシ、ナイス!』って」「なるほど」
「そう思えるようになった家事って結構楽しいのよ。マルチタスクなので、いつの間にか色々工夫もしてるし」
「でもそれって家事だけのことじゃないだろう」「そうよね、何でもそうね」
「『ちょっと前のアタシ、ナイス!』いい言葉聞いたな」
「でもこれはお父さんに当てはまらないからね」「え?」
「あなたはもう仕事を止めなきゃいけないんだから、お父さんが『さっきのアタシ、ナイス!』なんて考え始めたらまた自分を追い込んじゃうじゃん」

どうもそうかも。

・・・というわけで、本日も皆さんにとって素晴らしい1日になりますように!

生まれて初めて席を譲られた話

一昨日のこと。叔母の通夜に参列した後だから、午後9時くらいだったかな。

東西線日本橋駅でかなり混み合っている電車に乗り込み、通路の奥まで動いて荷物を棚に乗せようかなと思ってゴソゴソやっていたら「どうぞ」との声。年の頃30ぐらいだろうか、スポーツマンタイプの男性が立ち上がった。

「あれ?」と思って私は自分の隣か後ろに妊婦かご老人でもいないかと周りを見渡しましたよ。でもそれらしい人は見当たらない。あれあれ?と思ってその若者を再び見ると、私の目を見て「どうぞ、お座り下さい」

俺様のことだったんだ――――――――!

一瞬の躊躇の後、「ありがとうございます」と言って座ったんだが、いや~あのときの気持ちは何とも一言では形容できないですねえ。

「そんなことをしてたらしかられますよ」と子どもをたしなめるお母さんから初めて「おじちゃん」と呼ばれたのは大学3年生の時だった。

電話営業でお客様のところに挨拶に行った際、「あら、電話の声より若いじゃない・・・(一瞬喜んだ)・・・40代?」と言われてその夜やけ酒を飲んだのは24歳の時である。

一昨日のショックはそれ以上でした。いつか来る、その来るべき時が僕の想定していたよりも10年早く来た感じ・・・。

その時の私の身なりは、喪服の上にコート、帽子をかぶり、マスクをしていました。ということはこの若者は私の立ち居振る舞いや姿勢を見て僕に席を譲ろうと思ったのだろう。

まず自分を重ねたのは、1997年に試合途中で交代を告げられた時に「え?おれ?おれ?」と答えた三浦知良選手。あ、あのときの三浦さんはこういう気持ちだったんだ!と(不遜にも)思いました。

https://oshiete.goo.ne.jp/qa/2542962.html

次に思い出したのは、先日目にした朝日新聞の「声」欄。お年寄りに席を譲ろうとした中学生がそのご老人から怒鳴られて本当につらかったという話が話題になったのだが(その投稿に対する賛否両論が特集されていた)、私は自分が席を譲られて初めて、その時に怒鳴ったご老人の気持ちが少し分かった気がした。ただ、目の前の若者が親切心で席を譲ってくれたのは間違いなく、そう思えばこそ「俺はまだそんな年寄りじゃねーぞ!」という反発心が沸いたとしても、それを彼にぶつけるのは筋違い、失礼だ。僕の心の中では感謝の気持ちの方が強かった。

西葛西駅についてそろそろ降りようとすると、その若者には降りる気配がない。立ち上がりざま「ご親切にありがとうございました」と頭を下げて席を立った。

2日経ってやっと立ち直ったところ。今日から気持ちを新たに頑張ります(何を?)